中国のヘルスケア・バイオ関連投資はこれまで10年以上にわたって大躍進を続けている。2019年武漢で発生したCovid-19は、2020年初に中国経済に大きな打撃をたえたが、パンデミックとして全世界に拡大する中で、中国はいち早く立ち直り、経済活動も復活した。欧米がマイナス成長に陥っている中で、2020年第3四半期の中国のGDP成長率は4.9%まで回復し、大きく引き離している。これまで中国の国内消費向けビジネスへの投資は、Covid-19を機に大きくヘルスケア関連に向けられている。
中国の医薬品市場の成長率は凄まじい。2015年〜2020年の間の成長率は約17%にもなり、米国(約7%)、欧州と日本(約5%)を大きく引き離してきた。この様な背景もあり中国のバイオ関連は近年大きく躍進してきた。例えばVCの資金調達額は約36倍に(2008〜2018)、VCによる投資額も53倍に拡大した(2008〜2018)。大手製薬会社と中国のバイオテクとの事業提携額は約19倍に、M&Aの合計金額も約19倍になった(2008〜2018)。IPOも活発で、その調達額は40倍を超えている(2008〜2018)。
更に2018年より香港市場(HKEX)でChapter 18Aにより、NASDAQ同様に赤字のバイオテクの上場が可能になると、NASDAQを上回る勢いで上場件数、調達額共に拡大し、2020前半にはIPO件数で21件、調達額で53.6香港ドル(約70億米ドル)にも膨れ上がった。米ドル投資へのExit市場であるNASDAQや香港市場に加えて、人民元投資で赤字上場可能な上海証券取引所の「科創板(STAR)」が加わり、投資はますますヒートアップしている。
昨今の市場の活性化の背景には、長期にわたる中国のヘルスケア・改革が基礎にあり、日本の皆保険制度と米国のイノベーションのハイブリッドになっている。まず、日本の様な皆保険制度の確立が先行し、2012年には第18回党大会で国民皆保険の目標をほぼ達成したことが宣言された。一方で、急激な経済格差を背景に大きな歪みが発生していた。中国の医療の状況を表す言葉として、「看病難」、「看病貴」と称されていた。これは診療を受けるのが難しく、仮に受けられても医療費が高いという意味で、背景には、経済的格差と過剰診療による医療費の高騰、行き過ぎた市場化による個人負担の増加の問題があった。一定水準以上の高度な医療が行き渡るためには、制度上の変革、イノベーションが必要である。その中でも、医薬品市場が日本を追い抜いて世界第二位になった中国には大きな問題が残っていた。
それは、世界大手に準ずる製薬会社が存在しなことである。その最も大きな原因の一つは、画期的の新薬を研究開発する仕組み中国に存在しないことによる。その為には、制度改革により医薬品の研究開発、承認制度を近代化する必要があった。
中国のイノベーションは政府が主導してきたが、創薬においても同様である。品質の上でも問題があるジェネリック薬中心の医薬から脱却するため、ジェネリック薬価を大幅に引き下げ、利益を削ぎ落し、国内製薬のM&Aを促進させた。イノベーティブな新薬開発促進のため新薬開発のプロセスの国際標準化を推し進め、2017年にはICHに加盟した。同年、欧米同等基準での新薬申請が出来ない90%近く申請は取り下げられ、一気に中国の治験水準が国際標準に追いついた。現在取り組まれているのはFirst-In-Class医薬品の創出と新薬の国内化である。まずは、海外で治験段階のパイプラインの中国での開発・販売権を取得し、中国の治験データにより欧米での承認の早期化を目指している。今後は、探索段階から中国で研究され特許化された創薬パイプラインを創出するバイオ企業が出現するだろう。
既に、中国は企業の研究開発費で米国を抜いて1位になっている。2000年を1とした部門別研究開発費(実質額)の2018年の指数を見ると、企業では中国が15.3、韓国4.6、ドイツ1.6、米国と日本と英国は1.5である。更に、中国のバイオテクは、世界に先駆けて中国で承認を獲得し、グローバルの医薬市場を牽引する知財輸出型産業の中心となるであろう。
このような市場・制度の劇的な変化の背景には、米国のアカデミア、FDA、バイオテク・製薬会社で中核的な役割を果たしていた中国人材が大量に帰国したことにあげられる。この「海亀族」と呼ばれる最先端の知識と技術を携えた専門家集団からは、起業家やベンチャーキャピタリストが出現した。中国の医薬品規制当局の改革もFDA経験者が重要な役割を果たしてきた。
中国は米国と世界の覇権を争い、ハイテク分野での貿易摩擦が深刻化して久しい。ヘルスケア・バイオ医薬品産業領域は、中国が特に注力する分野である。中国は2025年には世界の工場としての中国の地位から、バイオ関連製品を中核とする知財輸出国の地位を確保しようとしている。
(招聘研究員 渕上欣司)