早稲田大学卒業後、一部上場企業に約40年勤めた私の最後の仕事は、社内でCVCを立ち上げて運営することであった。全く新しい仕事を経験できたことは私の人生にとって大変有意義であったし、そのご縁で本研究所の招聘研究員として引き続きCVCについて研究する日々を送っています。
今回は、私の上記の経験から、新規事業は何故失敗しやすいか?という問題提起と、それでは「どうしたら良いか」という解決策について、2回に分けてお話してみたいと思います。
私の会社人生は、幸か不幸か、大企業内にいても配属された事業部が小さかったので、常に黒字化という命題がつきまとい、故にその解決策としての売り上げの増大による損益分岐点越え、そのための新規事業開拓というテーマにずっとチャレンジしてきました。
小さい自部門ゆえに、リソースが足りないので、外部との特許ライセンス、海外企業とのソフトウエア開発、JVの設立、出資による提携、海外でIPOしたスタートアップ企業のTOBや、その後のPMIによる現地での経営等、やれることは未経験であっても何でもやってきました。こうした経験から、最後の職場となった経営戦略本部では、全社レベルでの新規事業育成のための手段としてのM&Aの統括と、CVCの設立と運営という職務にチャレンジすることとなりました。したがって私の仕事は、社内との調整というよりも、社外の投資の専門家とどのようにプロジェクトを進めていくかというオープンイノベーション的な進め方となりました。
結論から先に述べますと、これらの経験を通して私が感じたことは、新規事業にとって一番大事なのは、Exitのプランがあるかどうかです。 換言すれば、新規事業投資のExitとしての最終的なニーズはあるのか?ニーズはあっても買ってくれる顧客はいるのか?そして投資に見合うだけ市場はスケールアップされるのか?ということです。
大企業の中で既存ビジネスだけをやっていると、新規顧客のニーズを聞きに行くことをしなくなります。また、うかうかしていると既存顧客も他社や他のサービスに奪われることがあります。2018年の日経新聞の記事に、大企業の過去5年間の研究開発費の合計が、その次の5年間の営業利益の累計に比べて、どのくらいの比率か、1より大きいかどうかを調べてランキングにしたものが掲載されていました。研究開発の効率はMOTではよく議論されるところでありますが、研究開発の金額のデータは、会社によって原価に入っていたり、販売費及び一般管理費に入っていたりとか、必ずしも正確に比較することはできませんが、少なくとも時系列にみることで、同一企業の研究開発効率のトレンドを分析することはできます。興味をもった私は自社のそれらを調べたことがあります。そうすると、研究開発効率が次第に漸減していく傾向が見受けられました。つまり、既存のやり方の延長線では、既存事業の稼ぐ力が次第に漸減していくことを示していると理解しています。
大企業の中でも何もしていないわけではなくて、もちろん既存事業部内でも、研究開発本部においても新規事業にチャレンジはしていますが、なかなかそのExitとしての将来の営業利益に貢献できていない現実があります。但しこれは大企業特有の問題かというと、私の経験では、スタートアップにおいても全く同じであると感じています。
IVCから出資を受けられないスタートアップには、Exitプランである顧客分析があやふやな企業が多いのが事実です。また私が初めの頃に出資を決定したスタートアップでも、経営難に陥ってしまった会社は、結局は顧客を見つけられなかったケースが殆どです。これはスタートアップへの出資者の問題ではなくて、スタートアップの経営者の問題でもあります。スタートアップの成功は将来顧客からリターンを得るビジネスを展開することであり、投資家から資金を募ることではありません。この意味において、大企業の研究開発効率の議論と、スタートアップの成功確率の議論は、本質においては同じだと、私は感じています。
昨年会社を退任して、このような思いでいたところ、とある中小企業の創業会長様より、ヘルスケア関連での海外進出のコンサルティングを依頼されることとなりました。なんでも、社内では誰も新規事業をやろうとついてくる人がいないので残念だが、孤軍奮闘イノベーションをやろうと頑張っておられるとのことでした。私は意気に感じて市場データからビジネスモデルを考え、最初から海外進出先の企業をパートナーとして探すことを進めて、Exit戦略を探りながら研究開発を進めることを強く勧めたのですが、残念ながら説得することはできませんでした。 ヘルスケアですから、FDA等の規制クリアのコストも多額で、研究開発費もかなり高額になりますので、よほどExitプランがしっかりしていないと、成功する確率は皆無と言わざるを得ません。 このあたりの説明責任を果たさないと、周囲の協力は得られないのではないかと私には感じられました。
ただこの中小企業様は、本業のビジネスが好調のようでした。したがって私が経験した大企業の研究開発と同じで、仮に新規事業投資に失敗しても、会社が倒産するということはありません。ここに大企業であれ、中小企業であれ、共通項があります。それは新規事業が失敗しても、他の既存事業の利益で埋め合わせられるから良いと考えているところです。ポートフォリオ的には良いのでしょうが、換言すると、新規事業のExitプランが明確でないのにR&Dに突き進んでしまう、または、だらだらとお金が無くなるまでやってしまうというところがあります。
これと同じことをスタートアップで行ったらどうでしょうか? 同じような新規事業のリスクである、『顧客見つからない』という罠にはまった場合、スタートアップはひとたまりもありません、間違いなく資金ショートとなり、倒産するか安く買収されてしまうことになります。
私のCVCの投資の際のDDの経験から、Exitプランが明確でないスタートアップは大変多いのです。新規事業だからExitプランを作るのは難しいのは確かですが、一旦作ったビジネスプランの検証や、検証後不都合な発見があった場合でも、ピボッティングができないまま、次のラウンドの投資の勧誘だけをしているスタートアップは結構います。
このようなことを踏まえて、では、どのように事前に対策を講じたらよいのかについて、私がやってみたことを、次回のコラムでご紹介したいと思います。
2021年9月1日
招聘研究員 吉川健二